「Blind Leading Blind」  その@


注意点
この作品のタイトルに含まれている語「Blind」とは「盲人」、つまり「目の見えない人」の事を指しますが、これは決して私がそういった人達に対して差別的な思いがあるからではなく、純粋に文学として用いた言葉です。誤解のないよう、お願いします。


 空は晴天。下には人で溢れる都会がある。そんな都会の街中を、ある2人の男女が歩いている。
 男は20歳程度。乱暴にのびた黒髪に、ギラついた目。まるで飢えた狼のようだった。
 対する女は男より少し年上で、背中を隠す程にのびた黒髪がとても美しく、顔立ちもその髪に似合った端整なものだった。
 女は目を閉じていて、男に手を引かれている。恋人同士の戯れにしては、どこかぎこちなかった。女は足取りもおぼつかなく、男に手を引かれていないとろくに歩けないような感じだった。
 道の向こうから外国人の親子が歩いてくる。母親の手に引かれた金髪の少女が、2人を見て目を丸くした。
「Hey Mam.He Leading The Blind.(ねえ、ママ。あの男の人、盲人さんの手を引いてるよ)」
 それを聞き、母親は慌てて少女の口をふさぎ、2人の横を足早に通り過ぎていく。男は親子を無視して、ゆっくりと歩き続けた。
 女がわずかに顔を上げる。目は開かれていない。
「ねえ‥‥スバル。やめましょう。そんな事しても、いい事なんて無いわ」
 そう言われ、スバルと呼ばれた男が立ち止まる。そんなスバルの手には1m程の長さの木の棒が握られている。
「やめない。やらないと気が済まない。サナ姉さんをこんなにした奴らを、俺は許せない」
「あの人達は何も悪い事はしてないわ」
「俺から姉さんを奪った」
「そんな事無い。私は今でもあなたと一緒よ」
「‥‥それを、これから確かめたいんだ」
 スバルの返事にサナは黙って、また俯いてしまった。少しだけ、目尻に涙が浮かんでいた。
 2人の姉弟はその後、一言も交わさす街中を歩いた。周りには、友人同士、恋人同士で和気藹々としている者が多く入るのに、2人は沈み込んだように静かだった。
 そして、2人はある雑居ビルに向かった。


 そのビルは汚らしい街に似合った、ボロボロのビルだった。壁のあちらこちらにヒビが入っていて、スナックや聞いた事も無い株式会社の看板がついている。人の出入りは無く、静かだった。
 スバルはサナの手を引きながら、そのビルに入った。
 目の見えないサナにも分かった。煙草の煙が充満していた。一階の受け付けらしき場所には、4人の男がテーブルを囲んで麻雀に興じていた。スーツを着ているが、とてもまっとうなサラリーマンには見えなかった。
 男の1人がスバル達に気づき、ゆっくりと立ち上がる。
「何か用ですか? ここは関係者以外立ち入り禁止‥‥」
 男はそこで言葉を止めた。サナの顔を見たのだ。サナはその視線に気づかない。代わりに、スバルが男の前に立った。
「関係者だ。この女を知らないとは言わせない」
「お前‥‥誰だ?」
「俺は‥‥世界でたった1人の、この人の肉親だ」
 そう言うと、スバルは手にしていた木の棒を振り上げた。木の棒が落ちて、中から銀色に輝く刀が現れた。男の目の色が変わる。が、既に遅かった。
「‥‥ぎゃ、ああああっ!」
 男の左腕が血飛沫と共に落ちた。男が絶叫する。他の男達も立ち上がり、懐に手を突っ込む。が、スバルは素早く走り出し、男達の前に立った。
「俺より先に、地獄見て来い」
 音も無く、男達の顔や腕、スーツに鮮血が走った。スバルの刀が蛍光灯に反射した。その刀に、真っ赤な血がべっとりとついていた。
「ああああっ!」
 無数に響く悲鳴。だが、その言葉を塞ぐようにスバルは刀を走らせる。男達の口が、首ごとぶった切れ、悲鳴はすぐに止んだ。
 まるで竜巻のように、それは一瞬だった。
 数個の死体の中にも1人だけ生きている者がいた。スバルは彼の前に立つ。
「‥‥金城は上にいるのか?」
「‥‥」
 男は腕から血を流しながら、懸命に首を縦に振った。スバルは満足げに頷くと、男の脳天に刀を突き刺した。返り血が、スバルの頬に飛びついた。
「ああっ‥‥スバル。本当にやってしまったのね」
 サナが膝をガタガタと鳴らしながら囁く。サナに、この惨状は見えていない。だが、鼻を突く香りは嫌でも分かった。
「俺の気持ちは変わってない。何もかもを終わらせて、姉さんを自由にする」
「いいのよ‥‥。そんな事、しなくていいのよ」
「だったら、姉さんは一生不幸のままだ。そんなの、俺は嫌だ」
 刀についた血を死んだ男のネクタイで拭き取りながら、スバルは冷静に答えた。人を殺したのは初めてだった。だが、彼の目には迷いの欠片すら無かった。
 スバルの足元にはさっきまで生きていた死体が転がっている。スバルはそいつの髪の毛を掴み上げ、その首をかき切った。血がぶしゃーっと溢れ、コンクリートの床を濡らした。
 首を持ったまま、スバルは再びサナの手を引いて、二階へ続く階段を上った。サナはかすかな抵抗を見せたが、スバルの足は止まらなかった。


 階段を上がると、廊下が広がっている。向こうには3階へと続く階段がある。その途中には部屋が1つ。誰も出てこない。不気味な程静かだった。
「‥‥」
 スバルは刀を強く握り締める。迷いなど、とうの昔に捨てた。もう、自分はどうなっても構わない。ただ、願いが叶うならそれでいい。そんな思いが、彼の恐怖を殺していた。
「スバル。今からでも遅くないわ。逃げましょう。今ならまだ間に合うわ」
 サナが、スバルの手を強く引く。だが、スバルの足は止まらない。
「もう間に合わないよ。どこに逃げるって言うの?」
「‥‥あなたと一緒ならどこでもいいわ」
「‥‥」
 スバルは黙る。唯一の肉親。両親はとうの昔に消えてしまった。今はどこで何をしているのかも知らない。スバルにとって姉のサナは誰よりも大事だった。
 だからこそ、スバルの決意は揺らがない。自分だけの物だった姉を弄んだ奴らを、許して生きてはいけない。
 ゆっくりと扉に近づく。その瞬間、何かが外れるような、カチッとした音が響いた。スバルの足が止まる。そして、サナに覆い被さるようにして、床に伏せた。
 と、同時に、無数の弾丸が扉をぶち抜いた。壁を揺るがし轟く銃声。
「きゃあああっ!」
 サナは絶叫する。だが、スバルがしっかりと覆い被さっている為、サナに怪我は無かった。スバルにも、弾は当たらなかった。
 しばらくして銃弾が止む。扉は既にボロボロに壊れていた。スバルは素早く起き上がり、部屋の中に持っていた首をほおり投げた。
「うおっ!」
 男の声がした。続いて、ドタドタという音。慌てふためているようだ。
「姉さん、絶対にここから動かないで」
 スバルはそう言い残すと、脱兎の如く部屋に中に飛び込んだ。サナはその場から動けなかった。
「うおおおっ!」
 中には3人の男達がいた。スバルは刀を振り上げ、そして振り下ろす。男の1人の頭が真っ二つに割れた。別の男が銃を構える。だが、その手も、空を薙いだ刀によって吹き飛ばされた。
「ああっ! ‥‥あっ」
 男の言葉が消えた。口と気道がくっ付いていなかった。そして、首がボトリと落ちた。吹き飛ぶ血飛沫の向こうで、スバルは苦い顔をしていた。
「なっ‥‥何なんだよ! お前は!」
 最後の1人が言う。手には何も持っていない。両手を上げている。スバルは大きく深呼吸をして、刀を下ろした。
「新垣サナ、という女性を知っているだろう?」
「サナ? 組長の女か。そいつは二週間も前に消えちまったよ。そいつが何だって言うんだ?」
 サナは廊下にいる。男の目に、サナの姿は無い。スバルはじっと男を睨み下ろす。
「俺の姉だ」
「‥‥姉? お前、サナの弟なのか? なっ、何でこんな事する? 俺達はお前の姉貴にひどい事はした覚えは無い。逆だ。大切にした!」
「‥‥それが気に食わなかったんだよ!」
 スバルは歯を剥き出しにして叫んだ。そして、刀を振り上げた。男の右腕が床に落ちた。


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